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東京地方裁判所 平成7年(ワ)1925号・平6年(ワ)18337号 判決

平成六年(ワ)第一八三三七号損害賠償等請求事件(甲事件)

平成七年(ワ)第一九二五号委託金請求事件(乙事件)

甲事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という。) 株式会社都市工学研究所

右代表者代表取締役 竹内陽一

右訴訟代理人弁護士 関哲夫

同 関聡介

甲事件被告(以下「被告」という。) 国

右代表者法務大臣 保岡興治

右指定代理人 岡村道雄

同 里見朋香

同 橋本祥介

同 庄司幸浩

同 星野有希枝

甲事件被告(以下「被告」という。) 福島県

右代表者知事 佐藤栄佐久

右指定代理人 滝田勝久

同 玉川一郎

同 本多智洋

甲事件被告(以下「被告」という。) 郡山市

右代表者市長 藤森英二

右指定代理人 佐藤頼欣

同 大和田正彦

右被告三名指定代理人 松下貴彦

同 畠山義一郎

甲事件被告兼乙事件原告(以下「被告」という。) 財団法人郡山市埋蔵文化財発掘調査事業団

右代表者理事 小針貞吉

右被告二名訴訟代理人弁護士 滝田三良

主文

一  原告の被告らに対する請求(ただし、被告郡山市に対する債務不存在確認の訴えを除く。)をいずれも棄却する。

二  原告の被告郡山市に対する債務不存在確認の訴えを却下する。

三  原告は、被告財団法人郡山市埋蔵文化財発掘調査事業団に対し、金九五〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成五年一〇月一日から、内金一五〇〇万円に対する同年一一月一日から、内金二〇〇〇万円に対する同年一二月一日から、内金二〇〇〇万円に対する平成六年一月一日から、内金五〇〇万円に対する同年三月一日から、内金二五〇〇万円に対する同年四月一日から各支払済みまで年八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、甲事件及び乙事件ともに原告の負担とする。

五  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1(一)  主位的請求

被告らは、原告に対し、各自四億〇六四三万一八二〇円及びこれに対する被告国については平成六年一〇月七日から、その余の被告については同月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  予備的請求

被告郡山市(以下「被告市」という。)及び被告財団法人郡山市埋蔵文化財発掘調査事業団(以下「被告事業団」という。)は、原告に対し、各自四億〇六四三万一八二〇円及びこれに対する平成六年一〇月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告、被告市及び被告事業団は、原告と被告事業団との間において平成五年八月一九日付けで締結された発掘調査委託契約に基づく委託料二億七一一九万九〇〇〇円のうち九五〇〇万円に係る債務が存在しないことを確認する。

二  乙事件

主文第三項と同旨

第二事案の概要

本件のうち、甲事件は、原告が宅地開発を計画していた土地に埋蔵文化財(遺跡)が包蔵されていたため、被告事業団との間で右遺跡について試掘調査委託契約及び発掘調査委託契約を締結して委託料の一部を支払ったが、原告には右遺跡の試掘調査費用及び発掘調査費用を負担すべき法律上の義務がないにもかかわらず、被告市及び被告事業団から右義務があるなどと指導された結果、右各委託契約を締結したものであり、このような指導は違法であるなどとして、主位的に、被告らに対し、国家賠償法等に基づいて損害賠償を求め、予備的に、右各委託契約は被告市及び被告事業団の詐欺又は強迫により締結されたものであるから、その締結の意思表示を取り消すとして、同被告らに対し、不当利得返還請求権に基づき支払済みの委託料の返還を求めるとともに、原告、被告市及び被告事業団の三者間において原告が被告事業団に対し最終の発掘調査委託契約に基づく委託料の残金の支払義務のないことを確認することを求めている事案であり、乙事件は、被告事業団が原告に対し右発掘調査委託契約に基づく委託料の残金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、宅地の開発並びに造成工事の設計施工、都市開発及び整備等に関する調査・研究・企画・設計のコンサルタント、不動産の売買・分譲・賃貸借及び仲介業などを目的とする会社である。

(二) 被告事業団は、埋蔵文化財の発掘調査・研究その他の必要な事業を行い、もって教育・文化の振興に寄与するため、昭和五八年三月一五日、被告市が全額を出資して設立されたものであり、被告市の助役、教育長等が理事をそれぞれ兼務している被告市の外郭団体である。

2  本件の経緯

(一) 福島県住宅生活協同組合(以下「住宅生協」という。)は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について宅地造成、分譲の事業(以下、右事業を「本件事業」といい、右事業に伴う開発工事を「本件開発工事」という。)の実施を計画し、昭和六一年一一月二二日、被告福島県(以下「被告県」という。)の定める「市街化調整区域内の大規模開発に関する要綱」に基づき、被告市市長に対し、「市街化調整区域における大規模開発事前審査願」を提出した(なお、右当時、原告代表者は、住宅生協の理事長であった。)。

被告市は、昭和六一年一一月二八日、本件事業について、「市街化調整区域における大規模開発事前審査会」を開催し、住宅生協関係者ら出席の上、本件事業の問題点の提示、検討等を行い、これを踏まえて、被告市市長は、昭和六二年一月一四日、本件事業について、市街化調整区域における大規模開発の事前協議書を被告県の郡山建設事務所長(以下「郡山建設事務所長」という。)を経由して被告県知事に提出した。

これに対し、被告県知事は、昭和六二年三月二七日、郡山建設事務所長を通じて、被告市市長に対し、右事前協議書について、「別紙指摘事項を満足して行うものであれば、都市計画法第三四条第一〇号イの規定に該当するものとして取り扱って差し支えない」旨を文書で回答したが、右指摘事項の一つとして、「当該地区には埋蔵文化財(白旗遺跡、転沢遺跡)が位置しているので、郡山市教育委員会と協議の上、文化財保護法による届け出を行うこと。」が示されていた。

被告市は、昭和六二年三月三〇日、住宅生協に対し、右回答の内容を伝えるとともに、本件土地内の遺跡(以下「本件遺跡」という。)の届出について被告市教育委員会(以下「市教育委員会」という。)に相談することを指示した。

(二) 市教育委員会は、昭和六二年四月、住宅生協から本件土地内の埋蔵文化財の所在状況について問い合わせを受けたため、現地において遺跡の状況を確認する旨を伝えた上、被告事業団に対し現地踏査(対象の土地上を調査員が遺物の有無、地形等を観察しながら踏査し、遺跡の有無、おおよその広がり等を把握するものである。)を依頼した。

そして、市教育委員会は、被告事業団から現地踏査の結果の報告を受けた後、住宅生協に対し、右現地踏査の結果を伝えるとともに、開発に当たっては文化財保護法五七条の二の規定に基づく届出が必要なこと、遺跡の正確な範囲を確認するためには試掘調査が必要であること、開発で遺跡を破壊することになる場合には記録保存のための発掘調査が必要であることなどを説明した。

(三) その後、住宅生協と原告は、後記(四)の試掘委託契約締結日である平成元年四月三日以前に本件事業の主体を住宅生協から原告に変更することを合意し、住宅生協は、同年一〇月三〇日、被告県知事に対し、大規模宅地開発事前協議申請者変更の手続をとった。

(四) 原告は、平成元年四月三日付けで、被告事業団との間で、左記約定で、本件遺跡について試掘調査委託契約を締結した(以下、右契約を「本件試掘委託契約」といい、右契約に基づく試掘調査を「第一次試掘調査」という。)。

調査面積 二メートル×一〇メートルのトレンチ一七四本

合計三四八〇平方メートル

調査期間 平成元年四月三日から同月二二日まで

委託料  八〇万四〇〇〇円

(五) 原告は、平成二年二月二〇日、文化財保護法五七条の二第一項の規定に基づく文化庁長官あての届出を市教育委員会に提出し、被告県教育委員会(以下「県教育委員会」という。)は、同年一一月一日、原告に対し、「文化庁の指導により発掘調査を行うこととされておりますので、工事着手前に発掘調査を実施してください。」とする旨の指導通知を行った。

(六) 原告は、平成二年九月一七日付けで、被告事業団との間で、左記約定で、本件遺跡について試掘調査及び発掘調査委託契約を締結した(以下、右契約を「第一次発掘委託契約」といい、右契約に基づく試掘調査及び発掘調査をそれぞれ「第二次試掘調査」、「第一次本調査」という。)。

調査面積 試掘調査分 四九六四平方メートル

本調査分  八〇〇〇平方メートル

調査期間 平成二年九月一七日から平成四年三月三一日まで

委託料  六二三四万五九〇〇円

なお、被告事業団は、平成三年一二月までに一万三五〇〇平方メートルの発掘調査を完了した。

(七) 原告は、平成四年三月九日、被告県の定める「都市計画区域内における大規模開発に関する要綱」に基づき、被告市市長に対し、大規模開発事前審査願を提出した。

これに対し、被告県知事は、平成四年四月一〇日、郡山建設事務所長名で原告に対し、「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を行った。

(八) 原告は、平成四年四月二〇日付けで、被告事業団との間で、左記約定で、本件遺跡について発掘調査委託契約を締結した(以下、右契約を「第二次発掘委託契約」といい、右契約に基づく発掘調査を「第二次本調査」という。)。

調査面積 二万平方メートル

調査期間 平成四年四月二二日から平成五年三月三一日まで

委託料  一億一九〇九万八九〇〇円

なお、原告と被告事業団は、平成五年一月一四日付けで、第二次発掘委託契約について、その調査面積を一万八〇〇〇平方メートルに縮小し、その委託金額を一億〇七〇八万二九二〇円に減額する旨合意した。

(九) 前記のとおり、原告は、平成四年三月九日に大規模開発事前審査願を提出し、それに対し、同年四月一〇日に郡山建設事務所長名で支障がない旨の回答を得ていたが、その後、開発区域の減少に伴い実施設計が変更されたため、原告は、平成五年三月九日、被告市市長に対し「大規模開発事前審査願(変更)」を提出し、これに対し、被告県知事は、再度事前審査を行い、同月一七日、郡山建設事務所長名で原告に対し「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を行った。

そこで、原告は、平成五年三月一七日、被告県知事に対し、本件事業についての都市計画法二九条による開発許可申請を行い、同月二九日、開発許可を受けた。

(一〇) 原告は、平成五年八月一九日付けで、被告事業団との間で、左記約定で、本件遺跡について発掘調査委託契約を締結した(以下、右契約を「第三次発掘委託契約」といい、右契約に基づく発掘調査を「第三次本調査」という。また、第一次ないし第三次発掘委託契約を併せて「本件各発掘委託契約」といい、本件試掘委託契約と本件各発掘委託契約を併せて「本件各契約」という。また、本件各契約に基づく調査を併せて「本件調査」という。)。

調査面積 約八万平方メートル

調査期間 平成五年八月一九日から平成六年五月三一日まで

委託料 二億七一一九万九〇〇〇円

委託料の支払方法 平成五年 八月三一日 一五〇〇万円

九月三〇日 一五〇〇万円

一〇月三一日 一五〇〇万円

一一月三〇日 二〇〇〇万円

一二月三一日 二〇〇〇万円

平成六年 一月三一日 二〇〇〇万円

二月二八日 二五〇〇万円

三月三一日 二五〇〇万円

四月三〇日 二五〇〇万円

五月三一日 九一一九万九〇〇〇円

遅延損害金 年八・二五パーセント

なお、原告は、被告事業団に対し、右委託料の内金一億七六一九万九〇〇〇円を支払ったが、次の金員が未払となっている。

平成五年九月三〇日支払分の残金 一〇〇〇万円

同年一〇月三一日支払分     一五〇〇万円

同年一一月三〇日支払分     二〇〇〇万円

同年一二月三一日支払分     二〇〇〇万円

平成六年二月二八日支払分の残金  五〇〇万円

同年三月三一日支払分      二五〇〇万円

合計              九五〇〇万円

(二) 原告は、平成六年二月ころから、発掘調査やその経費負担についての不満を市教育委員会等に対して強く申し述べ、発掘調査の中止、委託料の支払拒否を主張するようになったため、被告事業団は、同年四月七日から発掘調査を中断した。

その後、本件開発工事は完了した。

二  原告の主張

1  甲事件について

(一) 被告らに対する損害賠償請求

(1)  違法行為

ア 試掘調査費用及び発掘調査費用の負担の強制

<1> 文化財保護法は、土木工事その他埋蔵文化財の調査以外の目的で、埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地を発掘しようとする場合には、発掘に着手しようとする日の六〇日前までに文化庁長官に届け出なければならず、埋蔵文化財の保護上特に必要があると認めるときは、文化庁長官は、この届出に係る発掘に関し必要な事項を指示することができる旨規定する(同法五七条の二)が、事業者が発掘調査を実施しなければならないことも、その費用を負担しなければならないことも規定しておらず、発掘調査の実施及びその費用負担は事業者の法的義務ではない。また、埋蔵文化財の発掘調査と都市計画法二九条に基づく開発許可とは無関係であり、埋蔵文化財の発掘調査を終了しなければ右の開発許可の申請をすることができないということはないし、また、埋蔵文化財の発掘調査を実施せずに開発工事を行った場合の刑罰も定められていない。

<2> しかるに、平成元年二月ころ、市教育委員会の大和田正彦(以下「大和田」という。)は、住宅生協の阿部幸雄(以下「阿部」という。なお、同人は原告の取締役でもあった。)に対し、「市としては遺跡の範囲を確定するためにトレンチ法による分布調査の試掘調査をする。それには文化財保護法が定める『原因者負担の原則』に基づいて貴社は自己負担で本件開発用地の埋蔵文化財の試掘調査を行わなければならない。また発掘するにあたっては、埋蔵文化財の調査員の手によらなければならず、市はこの目的のために事業団を設立しているので、住宅生協は事業団との間に発掘調査委託契約を結び費用負担をしてもらうことになる。」と述べ、被告事業団の高田勝(以下「高田」という。)は、阿部に対し、「工事をすればすぐに中止命令が出て、刑罰に処せられる。遺跡調査が終了するまで、開発許可申請をしても無駄だ。」と述べた。

また、平成元年一一月ころ、市教育委員会の藤木艶子文化課長(以下「藤木課長」という。)と大和田は、原告代表者に対し、遺跡調査が終了するまで開発許可申請をしても無駄である旨述べた。

さらに、平成二年一月、市教育委員会の大和田は、原告の阿部に対し「埋蔵文化財包蔵地の試掘調査の結果にかんがみ、文化庁長官あてに土木工事の届出をされたい。さらに事業団と調査委託契約を締結されたい。調査の実施及びその費用負担は、文化財保護法の定める原因者負担の原則によりすべて原告の法律上の義務である。発掘調査が終了しなければ開発許可は取得できない。」と述べた。

<3> このように、市教育委員会及び被告事業団の担当者は、原告に対し、法令上そのような義務や罰則が存しないにも関わらず、原告が自らの費用負担において本件土地について試掘調査及び発掘調査を行うべき法律上の義務があり、本件土地全体について試掘調査及び発掘調査を終了しなければ、原告は本件土地の開発許可を申請してはならず、仮に申請したとしても許可は下りず、原告が開発許可を受けずに工事を行ったならば、刑罰に処せられ、あるいは、中止命令が発せられる旨述べて、原告代表者及び阿部に右各事項が真実であると誤信させ、被告事業団との間で本件各契約を締結させて試掘調査費用及び発掘調査費用(以下「発掘調査費用等」という。)の負担を事実上強制したものである。

<4> 仮に大和田が発掘調査費用等の負担が法律上又は文化財保護法上の義務である旨の発言をしていなかったとしても、大和田は、原告に右費用の負担義務がないにもかかわらず、原告代表者及び阿部の無知に乗じて右費用負担を原告の義務であると思わせるため、「費用は事業者に負担してもらうことになっています。事業団と調査委託契約を締結して下さい。」と申し向け、原告代表者及び阿部をして原告の費用負担及び被告事業団への委託が法的義務であるとの錯誤に陥らせ、原告に被告事業団との間で本件各契約を締結させることによって、もともと負担義務のない発掘調査費用等を支払わせたものである。

<5> 仮に、原告代表者らが、発掘調査費用等を負担すべき法律上の義務がないことを認識していたとしても、原告が費用負担を拒絶すれば、被告県及び被告市から開発許可を拒否される等の不利益な扱いを受け、本件事業の遂行が不可能になるか、又は長期間遅延するおそれがあったのであるから、市教育委員会の担当者のした右のような指導は、原告に対し、発掘調査費用等の負担を事実上強制したものである。

<6> これらの市教育委員会及び被告事業団の担当者の行為は、行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる。

イ 民間調査機関への委託の拒否

被告事業団による第一次本調査が遅々として進まなかったため、原告は、調査期間を短縮し、それによって経費の大幅な節減を図ろうと考え、平成三年一二月二五日、市教育委員会に対し、株式会社山武考古学研究所(以下「山武考古学研究所」という。)に本件土地の発掘調査を委託したい旨申し出たが、市教育委員会は、合理的な理由もなくこれを拒否し、原告に右節減分の損害を与えた。

このような行為は違法であり、不法行為を構成する。

ウ 盛土方式の拒否

本件開発計画のように高低差のある住宅団地建設の場合、盛土方式(対象地上に土盛りし、遺跡に手を触れずに保存した上で建設する方式)を採ることが可能であり、その例も少なくない。本件発掘面積一二万三〇〇〇平方メートルのうち三万〇八八九平方メートル(約四分の一)については、盛土方式を採ることが可能であり、その分の発掘調査は本来不要であった。

しかるに、原告が当初から盛土方式の採用を強く希望していたにもかかわらず、市教育委員会は、合理的な理由もなくこれを拒否し、原告に盛土方式採用による経費節減分の損害を与えた。

このような行為は違法であり、不法行為を構成する。

(2)  被告らの責任

ア 被告国及び被告県の責任

本件遺跡の発掘調査事業は、文化財保護法の施行事務に当たり、都道府県教育委員会が管理執行する被告国の機関委任事務である。本件において、被告国の文化庁並びに被告国の機関としての被告県知事及び県教育委員会は、被告市及び被告事業団に対し、文化財保護法五七条の二第二項の規定に基づき、原告と本件各契約を締結して原告にその費用を負担させるよう行政指導したものであるから、被告国は国家賠償法一条一項に基づき、被告県は同法三条一項に基づき、それぞれ原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

仮に、遺跡発掘調査事業が国の機関委任事務でないとしても、文化財保護に関する事務は文化庁の組織法上の権限に属するので、文化庁は、右権限に基づいて遺跡発掘費用の原因者負担をはじめ民間の開発事業と埋蔵文化財保護との関係について通達の形式で全面的かつ詳細な行政指導を行っており、実際、本件についても種々の行政指導を行い、県教育委員会及び市教育委員会は事実上の国の機関として文化庁の手足となってその指示を受けつつ行動してきたのであるから、被告国及び被告県は、被告市及び被告事業団の担当者のした本件不法行為について賠償責任を負う。

イ 被告市及び被告事業団の責任

前記(1) のとおり、被告市及び被告事業団の担当者がその職務が行うについて原告に対し違法行為を行ったものであるから、被告市は国家賠償法三条一項に基づき、被告事業団は民法四四条一項に基づき、それぞれ原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

(3)  原告の受けた損害

原告は、右不法行為によって、次のとおり、合計一〇億〇四四二万一八二〇円の損害を受けた。

ア 本件各契約に基づく委託料支払 合計三億四六四三万一八二〇円

本件試掘委託契約委託料 八〇万四〇〇〇円

第一次発掘委託契約委託料 六二三四万五九〇〇円

第二次発掘委託契約委託料 一億〇七〇八万二九二〇円

第三次発掘委託契約委託料(未払額を除く。) 一億七六一九万九〇〇〇円

イ 現場の防災工事代 五五〇〇万円

仮に本件調査が行われなかったとすれば、防災工事は、本件土地の一般防災計画に基づく訪災工事を実施するだけで足り、それに要する費用は五〇〇万円であった。しかるに、被告市及び被告事業団による違法な指導によって本件調査が実施された結果、一般防災計画とは比較にならない大規模な防災堰堤の築造が必要となり、そのために原告は六〇〇〇万円の支出を余儀なくされた。したがって、原告は、被告市及び被告事業団の担当者による違法な指導により、その差額五五〇〇万円の損害を受けた。

ウ 民間調査機関への委託及び盛土方式の採用の拒否による損害

合計六億〇二九九万円

<1> 工期短縮関係 四億九二九九万円

本件遺跡の発掘調査について、当初から盛土方式が採用されていたならば工期が一年以上短縮され、また、民間調査機関への委託が行われていたならば更に工期が二年以上短縮されたはずである。本件遺跡の発掘調査終了後、宅地造成工事を完了して本件土地を宅地として一般に売り出すまでには約一年三か月を要したから、仮に当初から盛土方式が採用され、かつ、民間調査機関への委託が実施されていたならば、平成三年五月末ころには右発掘調査が終了し、原告は平成四年八月ころに本件土地を売り出すことが可能であった。

しかるに、本件遺跡の発掘調査が行われた結果、本件土地の売出しが三年遅れることになった。

本件土地の売出価格は合計六五億四四六五万七〇〇〇円であったが、平成四年から平成七年までの間に住宅地価格の全国平均金額が七・〇パーセント下落しているので、原告が平成四年八月ころまでに本件土地を売り出していたならば、右売出価格は合計七〇億三七六五万円余となったはずである。

したがって、原告は、市教育委員会から民間調査機関への委託及び盛土方式の採用を拒否されたことによって、その差額である四億九二九九万円の損害を被った。

<2> 調査費用関係 一億一〇〇〇万円

仮に盛土方式が採用されていたなら、本件土地の四分の一について発掘調査が不要であり、調査費用全額四億四〇〇〇万円余の四分の一相当額である一億一〇〇〇万円を節減することできたはずであるので、原告は、市教育委員会から盛土方式の採用を拒否されたことによって、同額の損害を被った。

(二) 被告市及び被告事業団に対する不当利得返還請求

(1)  市教育委員会及び被告事業団の担当者は、原告代表者及び阿部に対し、前記(一)(1) ア記載のとおり、法令上そのような義務や罰則が存しないにもかかわらず、原告がその費用の負担において本件土地について試掘調査及び発掘調査を行うべき法律上の義務があり、本件土地全体について試掘調査及び発掘調査を終了しなければ、原告は本件土地の開発許可を申請してはならず、仮に申請したとしても許可は下りず、原告が開発許可を受けずに工事を行ったならば、刑罰に処せられ、又は中止命令が発せられる旨述べて、被告事業団との間で本件各契約を締結することを事実上強制したものであるから、右行為は、詐欺又は強迫に当たる。

仮に市教育委員会及び被告事業団の担当者が積極的に原告代表者及び阿部を欺罔する行動をとらなかったとしても、説明すべき事項を説明せず、原告代表者らが錯誤に陥っていることを知りながら放置し、原告にとって一方的に不利な契約を締結させたものであるから、消極的な詐欺に当たる。

(2)  原告は、市教育委員会及び被告事業団の担当者の右の詐欺又は強迫により被告事業団との間で本件各契約を締結した。

なお、被告事業団は、被告市が全額出資して設立し、被告市の助役、教育長等が理事をそれぞれ兼務している被告市の外郭団体であり、法人格の上では形式的に被告市と別個の法人格とされるものの、実質的には同一性を有する団体であるから、本件各契約の受託者は実質的には被告市である。

(3)  原告は、訴状(甲事件)をもって、被告市又は被告事業団に対し、本件各契約の契約締結の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(4)  よって、被告市及び被告事業団各自は、原告に対し、本件各契約の取消しによる不当利得返還請求権に基づき、原告が被告事業団に支払った四億〇六四三万一八二〇円の返還義務がある。

(三) 債務不存在確認請求

前記(二)のとおり、原告は、被告市及び被告事業団の詐欺又は強迫により第三次発掘委託契約を締結したものであるから、訴状をもって右契約締結の意思表示を取り消した。したがって、原告は、右契約に基づく未払金の支払債務を負わない。

なお、前記(二)のとおり、被告市と被告事業団とは実質的には同一性を有する団体であるから、本件各契約の受託者は実質的には被告市である。

(四) 被告らに対する請求のまとめ

よって、原告は、

(1)  主位的に、被告ら各自に対し、被告国については国家賠償法一条一項に基づき、被告県及び被告市については同法三条一項に基づき、被告事業団については民法四四条一項に基づき、前記(一)(3) の損害のうち四億〇六四三万一八二〇円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日(被告国については平成六年一〇月七日、その余の被告については同月八日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、被告市及び被告事集団各自に対し、本件各契約の取消しによる不当利得返還請求権に基づき、原告が被告事業団に支払った四億〇六四三万一八二〇円及びこれに対する同被告らに対する訴状送達の日の翌日である右同日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  原告、被告市及び被告事業団の三者間において第三次発掘委託契約に基づく委託料二億七一一九万九〇〇〇円のうち未払額である九五〇〇万円に係る債務が存在しないことを確認することを求める。

2  乙事件について

(一) 第三次発掘委託契約の契約締結の意思表示の取消し

前記1(二)のとおり、原告は、被告市及び被告事業団の担当者の詐欺又は強迫により第三次発掘委託契約を締結したものであり、原告は、訴状(甲事件)をもって右契約締結の意思表示を取り消したから、原告は、右契約に基づく委託料残金の支払債務を負わない。

(二) 相殺

(1)  前記1(一)のとおり、被告は、被告事業団に対し、民法四四条一項に基づき四億〇六四三万一八二〇円の損害賠償請求権を有する。

(2)  原告は、被告事業団に対し、乙事件が当庁に移送される前の福島地方裁判所郡山支部における平成六年一一月一四日の口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって、被告事業団の原告に対する未払委託料請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(三) よって、被告事業団の請求は理由がない。

三  被告らの主張

1  甲事件について

(一) 原告の被告らに対する損害賠償請求

(1)  市教育委員会及び被告事業団の担当者による発掘調査費用等の負担の強制

ア 市教育委員会の大和田や被告事業団の高田が、平成元年二月ころ、原告の阿部に対し、原告主張の発掘調査費用等の負担の強制の発言をした事実はない。

原告は、被告事業団と本件試掘委託契約を締結してその試掘費用を負担することになったが、これは、原告が市教育委員会に対し、平成元年二月、試掘調査の実施を求めてきたところ、市教育委員会においては、年度末で短期間のうちに予算措置を取ることが困難であったため、原告と協議の上、試掘調査は原告が被告事業団と委託契約を締結し、原告の費用負担において実施することになったことに基づくものである。

イ また、平成元年一一月ころ、市教育委員会の藤木課長と大和田が原告代表者に対し原告主張の右発言をした事実はない。

ウ さらに、平成二年一月、市教育委員会の大和田が原告主張の右発言をした事実はない。

平成二年一月ころ、原告の阿部が市教育委員会を訪れ、大和田との間で本件事業と埋蔵文化財の取扱いについて協議したが、その際、大和田は、阿部に対し、開発事業を行うためには、文化財保護法五七条の二の規定に基づく届出が必要であること、開発事業によって遺跡を破壊する場合には通常遺跡の記録保存のための発掘調査を行うこととしていること、発掘調査を行う場合は原告から被告事業団に委託してほしいこと、発掘調査費用は通常事業者に負担してもらっているので、本件の場合も原告において負担してほしいことなどを説明して、協力を求め、これに対し、阿部は、右説明を納得した上で、費用の負担を了解したものであり、大和田は、発掘調査の費用の負担が原告の法律上の義務であるとか、発掘調査が終了しなければ開発許可を取得することはできないなどと述べてはいない。

エ このように、原告は、市教育委員会の大和田らの説明、協力要請に対し、格別異論を挟むことなく了解し、これに任意で応じたものであって、市教育委員会や被告事業団の担当者が原告に対し、発掘調査費用等の負担を強制したものではない。

オ 原告は、大和田が原告代表者及び阿部の無知に乗じて、同人らをして発掘調査費用等の負担及び被告事業団への委託が義務であるとの錯誤に陥らせた旨主張するが、原告代表者及び阿部は、大和田らの説明によって発掘調査の実施及びその費用の負担が義務でないことを十分理解した上で文化財保護に理解を示したものであり、それらが義務であるとの錯誤に陥っていたわけではない。

力 原告は、仮に原告が発掘調査費用等を負担すべき法律上の義務がないことを認識していたとしても、原告が費用負担を拒絶すれば、被告県及び被告市から開発許可を拒否される等の不利益な扱いを受け、本件事業の遂行が不可能になるか、又は長期間遅延するおそれがあったのであるから、市教育委員会の担当者の指導は、原告に対し、発掘調査費用等の負担を事実上強制したものである旨主張するが、遺跡の発掘調査と開発許可は制度上何ら関係がなく、原告が主張するような事態になることはないから、原告の右主張は失当である。

(2)  民間調査機関への委託の拒否

原告の阿部は、平成三年一二月九日(原告主張の同月二五日ではない。)、市教育委員会に対し、山武考古学研究所に本件土地の発掘調査を委託したい旨相談した。これに対し、被告市は、県教育委員会と相談したところ、同教育委員会から、山武考古学研究所は株式会社組織で発掘調査を行うものであるので、これが文化財保護行政の一環である発掘調査を直接行うことには問題があるため、同研究所が直接行うのではなく、同研究所の職員を被告事業団の調査組織に組み込む形で調査を行う等の方法ならば差し支えない旨の指導を受けたが、そのような形では山武考古学研究所の独自に調査したいという意向に合わないため、市教育委員会は、結局、山武考古学研究所を導入することは不可能であると判断した。そこで、市教育委員会の大和田は、平成四年一月ころ、原告の阿部に対し、山武考古学研究所を導入することは難しいこと、その代わり調査員を増員して調査をすることを伝えたところ、阿部は、山武考古学研究所と同じ人数がそろうなら構わない旨述べて、これを了承した。

その後、市教育委員会は、山武考古学研究所を導入する代わりの事業計画を立て、平成四年に二万平方メートル(調査員三名配置)、平成五年に四万五〇〇〇平方メートル(調査員六名配置)、平成六年に四万平方メートル(調査員六名配置)の調査を行う発掘調査計画書を作成し、平成四年三月一日、原告代表者と阿部にこれを交付して、その了解を得た。

このように、県教育委員会及び市教育委員会は、原告の民間調査機関への委託の意向について山武考古学研究所を導入する方策を検討し、結果としてその導入には至らなかったものの、原告が望む調査の迅速化のために被告事業団の職員の増員という形で原告の意向に対応するなど真摯に原告と協議しながらその要望に応えてきたものであり、「強制、服従」といった原告の主張するような違法な公権力の行使に当たる行為は全くなく、何ら不法行為を構成するものではない。

(3)  盛土方式の拒否

ア 平成四年四月二〇日付けで第二次発掘委託契約を締結する前ころ、原告の阿部が、市教育委員会の大和田に対し、開発地域のうち盛土で造成する部分を示した図面を示し、「遺跡のある土地でも盛土で平らにする部分は、遺跡を壊さないのだから発掘調査は不要なのではないか。」と相談した。そこで、大和田は、県教育委員会と相談したところ、盛土保存でも、盛土の厚さが二メートル以上ある場合や、盛土で造成された土地の上に建物等が造られる場合には、発掘調査が必要であるとの指導を受けたため、このことを阿部に伝えると、阿部は、「自分でも県教育委員会に確かめる。」と言って、県教育委員会に確認に行ったが、それ以後は原告から盛土保存の話はなかった。

したがって、原告は、いったんは盛土保存を本件土地全体で行いたいといった希望を有していたものの、市教育委員会及び県教育委員会の説明に納得して、これを実行しなかったにすぎない。

また、原告は、どの区域をどのような方法で盛土をするかについての具体的な意向を示したわけではなく、したがって、市教育委員会も一般論として原告の打診に対して対応したものであり、原告に対し、盛土方式を明確に拒否したわけではない。

イ 当時は、昭和六〇年一二月二〇日付け文化庁次長通知により、開発事業に伴い埋蔵文化財の発掘調査が必要とされるのは、原則として、<1>工事による掘削が埋蔵文化財に及ぶ場合、<2>恒久的な建築物、道路その他の工作物を設置する場合及び<3>その他盛土、一時的な工作物の設置等で、それが埋蔵文化財に影響を及ぼすおそれのある場合であるとして、そのいずれかに該当すれば、発掘調査を求めていたのであるから、仮に、原告が盛土方式に関して何らかの問い合わせをして、これに対し、被告側が拒否するといった対応を取ったとしても、このような対応は適法であった。

(4)  被告国の責任

埋蔵文化財の発掘調査は、文化財の保護、管理事務に当たるところ、右事務は地方公共団体の固有事務であり、都道府県教育委員会に対する委任事務ではない。また、一般に、文化庁長官は、地方公共団体に対し、教育、学術、文化(文化財を含む。)等に関する行政の組織及び運営について指導、助言、勧告を行うことができることとされているが、指揮監督することはできない。したがって、本件について、国家賠償法一条一項の適用はない。

(5)  損害

ア 原告の損害についての主張は争う。

イ 防災工事代

原告は、本件調査が行われなかったとすれば、実際に実施した防災工事ほど大規模な工事を行う必要はなく、本件調査が行われなかった場合の防災工事に要する費用との差額は原告の損害である旨主張するが、本件土地について開発工事を行った場合、土砂流出等を防止するために防災工事を実施することが必要であることは、本件土地の立地条件及び内容から当然のことであり、当初から本件開発工事の内容となっていた防災工事自体は、発掘調査の有無にかかわらず必要なものであり、規模にも違いは生じない。

ウ 民間調査機関への委託及び盛土方式の採用の拒否による損害

<1> 原告は、当初から盛土方式及び民間調査機関への委託がとられていたとすれば平成三年五月末ごろに本件遺跡の発掘調査が終了していたと主張するが、当初から同月末までの間に盛土方式や民間調査機関への委託等が具体的に原告から被告側に具体的かつ明示的に提案されていたことはなく(例えば、山武考古学研究所の導入の話が市教育委員会にあったのは同年一二月である。)、また、本件遺跡の範囲が確定したのは同年一月で、その時点における未調査面積は約一〇万平方メートルもあり、その調査を同年五月までに終了させることは不可能であるから、そもそも同月末までに本件遺跡の発掘調査が終了したと仮定するのは無理がある。

また、原告の主張は、平成三年六月から宅地造成工事を着工することができることを仮定したものであるが、原告が都市計画法二九条による開発許可申請を行ったのは平成五年三月一七日であり、しかも、開発許可申請が遅延したのは原告側の事情によるものであるから、平成三年六月から宅地造成工事を着工することができることを前提とする原告の主張は失当である。

<2> 山武考古学研究所の導入により本件遺跡の発掘調査が二年短縮され、また、盛土方式により一年短縮される旨の主張は、具体的な根拠がない。

<3> 被告事業団では山武考古学研究所の導入に代えて調査員を増員した上で本件調査を完了し、その結果、原告は、本件土地の売却を開始することができたのであるから、平成四年八月と平成七年との地価を比較するのは相当ではないし、損害算定の基礎とする売出価格自体、開発に要した総費用等を基に開発業者である原告自らが設定するものであって客観性がなく、本件開発地域の価格変動が全国平均住宅地の対前年変動率などと直接連動するものでもないことから、損害額の算定方法も妥当性を欠いている。

<4> このように、原告の主張する損害の前提事実は根拠がなく、損害額の算定方法も妥当性を欠いている。

(6)  よって、原告の被告らに対する損害賠償請求は、いずれも理由がない。

(二) 原告の被告市及び被告事業団に対する不当利得返還請求

被告市及び被告事業団の担当者は、原告が主張するような詐欺又は強迫を行っておらず、原告は、第三次発掘委託契約の締結の意思表示を取り消すことはできないから、原告の右請求はいずれも理由がない。

また、原告が本件各契約に基づき委託料を支払ったのは被告事業団に対してであり、被告市は何ら利得をしていないから、被告市に対する不当利得返還請求は、この点からも理由がない。

(三) 原告の被告市及び被告事業団に対する債務不存在確認請求

(1)  被告市は、原告の債務不存在確認請求に係る第三次発掘委託契約の当事者ではなく、委託料の債権者でもない。

したがって、原告の被告市に対する右請求は、訴えの利益を欠くから、右請求に係る訴えは不適法である。

(2)  また、被告市及び被告事業団の担当者は、原告が主張するような詐欺又は強迫を行っておらず、原告は、第三次発掘委託契約の締結の意思表示を取り消すことはできないから、原告の右請求はいずれも理由がない。

2  乙事件について

(一) 被告事業団と原告は、平成五年八月一九日付けで、前記一2(一〇)のとおりの約定で第三次発掘委託契約を締結したものであるが、原告は、被告事業団に対し、委託料の内金一億七六一九万九〇〇〇円を支払ったものの、次の金員を支払わない。

平成五年九月三〇日支払分の残金 一〇〇〇万円

同年一〇月三一日支払分     一五〇〇万円

同年一一月三〇日支払分     二〇〇〇万円

同年一二月三一日支払分     二〇〇〇万円

平成六年二月二八日支払分の残金  五〇〇万円

同年三月三一日支払分      二五〇〇万円

合計              九五〇〇万円

(二) よって、被告事業団は、原告に対し、第三次発掘委託契約に基づき、委託料残金九五〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成五年一〇月一日から、内金一五〇〇万円に対する同年一一月一日から、内金二〇〇〇万円に対する同年一二月一日から、内金二〇〇〇万円に対する平成六年一月一日から、内金五〇〇万円に対する同年三月一日から、内金二五〇〇万円に対する同年四月一日から各支払済みまで約定の年八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

四  争点

1  原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無

(一) 市教育委員会及び被告事業団の担当者が原告に対し発掘調査の実施及びその費用の負担を強要したか否か

(二) 市教育委員会が民間調査機関への委託をしなかったことが不法行為を構成するか否か

(三) 市教育委員会が盛土方式の採用を拒否した事実があるか否か、仮にあるとして、それが不法行為を構成するか否か

(四) 被告国及び被告県の責任原因

(五) 原告の損害額

2  原告の被告市及び被告事業団に対する不当利得返還請求権の有無

被告市及び被告事業団の担当者が原告に対し詐欺又は強迫によって本件各契約を締結させたか否か

3  原告の被告市に対する債務不存在確認の訴えの適法性

4  被告事業団の原告に対する委託料請求権の有無

(一) 被告市及び被告事業団の担当者が原告に対し詐欺又は強迫によって本件各契約を締結させたか否か

(二) 相殺の成否

第三争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実に加えて、証拠(甲一七ないし二〇、二九、三〇、乙一、二、四ないし三一、三六ないし三九、丙四ないし三三、三五ないし四五、四八ないし五〇(以上、枝番を含む。)、証人竹内陽一、同阿部幸雄、同大和田正彦、同柳田和久、同田村一次)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  当事者

(一) 原告は、宅地の開発並びに造成工事の設計施工、都市開発及び整備等に関する調査・研究・企画・設計のコンサルタント、不動産の売買・分譲・賃貸借及び仲介業などを目的とする会社であり、日本各地で大規模宅地開発を行っている。

なお、原告代表者は、昭和五八年一二月に原告を設立して以来原告の代表取締役を務めていたが、平成九年七月にいったん代表取締役を退任し、平成一〇年四月に再度原告代表取締役に就任している(なお、原告代表者が本訴において尋問を受けたときは原告の代表取締役を退任していた時期であったので、証人であった。)。

(二) 被告事業団は、埋蔵文化財の発掘調査・研究その他の必要な事業を行い、もって教育・文化の振興に寄与するため、昭和五八年三月一五日、被告市が全額を出資し設立されたものであり、被告市の助役、教育長等が理事をそれぞれ兼務している被告市の外郭団体である。

2  本件の経緯

(一) 住宅生協は、昭和六一年当時、本件土地について宅地造成、分譲の事業(本件事業)の実施を計画していたものであるが、被告県がいわゆる大規模開発を対象とした事務処理の迅速化、合理化を図るとともに、事業者の経済的負担の軽減を図るために制定した「市街化調整区域内の大規模開発に関する要綱」(昭和五九年一二月一日施行。以下「旧要綱」という。)により、都市計画法二九条に基づく開発許可申請に先立ち当該開発行為が同法三四条一〇号イに該当するか否か等を事前審査するものとしていたことから、昭和六一年一一月二二日、被告市市長に対し、旧要綱に基づき「市街化調整区域における大規模開発事前審査願」を提出した。なお、当時、原告代表者が住宅生協の理事長に就任していた。

被告市は、昭和六一年一一月二八日、本件事業について、「市街化調整区域における大規模開発事前審査会」を開催し、住宅生協関係者ら出席の上、本件事業の問題点の提示、検討等を行い、これを踏まえて、被告市市長は、昭和六二年一月一四日、本件事業について、市街化調整区域における大規模開発の事前協議書を郡山建設事務所長を経由して被告県知事に提出した。

これに対し、被告県知事は、昭和六二年三月二七日、郡山建設事務所長を通じて、被告市市長に対し、右事前協議書について、「別紙指摘事項を満足して行うものであれば、都市計画法第三四条第一〇号イの規定に該当するものとして取り扱って差し支えない」旨を文書で回答したが、右指摘事項の一つとして、「当該地区には埋蔵文化財(白旗遺跡、転沢遺跡)が位置しているので、郡山市教育委員会と協議の上、文化財保護法による届け出を行うこと。」が示されていた。

被告市は、昭和六二年三月三〇日、住宅生協に対し、右回答の内容を伝えるとともに、本件遺跡の届出について市教育委員会に相談することを指示した。

(二) 市教育委員会は、昭和六二年四月、住宅生協の阿部から本件土地内の埋蔵文化財の所在状況について問い合わせを受けたため、現地において遺跡の状況を確認する旨を伝えた上、被告事業団に対し現地踏査(対象の土地上を調査員が遺物の有無、地形等を観察しながら踏査し、遺跡の有無、おおよその広がり等を把握するものである。)を依頼した。

被告事業団は、昭和六二年四月一五日、調査員を派遣して現地を踏査した結果、土塁、塚、土器片が発見されたため、住宅生協から市教育委員会が預かっていた図面にその状況を記入して市教育委員会へ報告した。

そこで、市教育委員会は、住宅生協の阿部及び住宅生協から委託を受けた株式会社山本設計事務所の山本幸三に対し、右現地踏査の結果を伝えるとともに、開発に当たっては文化財保護法五七条の二の規定に基づく届出が必要なこと、遺跡の正確な範囲を確認するためには試掘調査が必要であること、開発で遺跡を破壊することになる場合には記録保存のための発掘調査が必要であることなどを説明した。

なお、その際、現地踏査の結果を記入した本件土地の地図を交付し、遺跡が本件土地の全体にわたって分布していることを説明した。

(三) その後、住宅生協と原告は、後記(四)の試掘委託契約締結日である平成元年四月三日以前に本件事業の主体を住宅生協から原告に変更することを合意した。

(四) 前記(二)のとおり、市教育委員会は昭和六二年四月に住宅生協に対し試掘調査が必要であることなどを伝えていたが、その後しばらくは住宅生協側から市教育委員会への接触はほとんどなかったが、平成元年二月ころ、阿部(ただし、住宅生協の担当者としてか、原告の担当者としてかは明らかでない。)が市教育委員会に対し試掘調査を実施してほしい旨申し入れた。

被告市においては、試掘調査は通常民間業者による開発事業の場合を含め公費負担で実施してきたが、この時期がちょうど年度末に当たっており、短期間のうちに試掘調査のための予算措置を採ることが困難であったため、市教育委員会の大和田は、阿部に対し、年度末で予算がないので今すぐ試掘調査を実施することはできないが、その費用を原告が負担して被告事業団と直接契約をするのであれば年度末でも試掘調査は可能である旨伝え、阿部も原告が試掘調査の早期実施を希望していたため、これを了解した。

そこで、原告は、平成元年四月三日付けで、被告事業団との間で、左記約定で、本件遺跡について試掘調査委託契約(本件試掘委託契約)を締結した。

調査面積 二メートル×一〇メートルのトレンチ一七四本

合計三四八〇平方メートル

調査期間 平成元年四月三日から同月二二日まで

委託料  八〇万四〇〇〇円

なお、右契約に基づく試掘調査(第一次試掘調査)は、原告の開発計画に同意している地権者の所有地についてのみ行われた。また、右試掘調査は、実際には、右契約締結に先立つ平成元年三月一三日から同月三一日の間に行われ、その結果、本件土地のうち、この時点までに試掘調査が可能であった地域内に所在する遺跡の範囲は五万五三〇〇平方メートルであることが確認され、右調査結果は、同年五月に市教育委員会から原告に報告書をもって報告された。

なお、本件土地にある遺跡は、従来、白旗遺跡と転沢遺跡の二か所であるとされていたが、第一次試掘調査の結果、右二遺跡を包摂する大きな遺跡が存在することが確認されたため、市教育委員会ではこれを西前坂遺跡と呼ぶこととし、右調査終了後に締結された本件試掘委託契約においてもこの遺跡名が使用された。

(五) 前記(三)のとおり、住宅生協と原告は、本件試掘委託契約締結日である平成元年四月三日以前に本件事業の主体を住宅生協から原告に変更することを合意したものであるが、住宅生協は、同年一〇月三〇日、被告県知事に対し、大規模宅地開発事前協議申請者変更の手続をとった。

また、被告県では、昭和六二年一〇月一日、旧要綱から改正された「都市計画区域内の大規模開発に関する要綱」(以下「新要綱」という。)を施行したが、これに伴い、原告は、平成元年一〇月三〇日、開発の基本計画等に変更がないので、新要綱による基本計画の審査を不要とする取扱いを求める旨の「市街化調整区域における大規模開発基本計画審査不要願」を被告市市長に提出し、これに対し、被告県知事は、同年一一月二四日、被告市を通じて、原告に対し、新要綱による基本計画の審査を了したものとみなし、新たな基本計画の審査を必要としない旨を通知した。

(六) 平成二年一月ころ、原告の阿部が市教育委員会を訪れ、大和田との間で本件開発事業と埋蔵文化財の取扱いについて協議したが、その際、大和田は、阿部に対し、<1>開発事業を行うためには、文化財保護法五七条の二の規定に基づく届出が必要であること、<2>開発事業によって遺跡を破壊する場合には、通常遺跡の記録保存のために発掘調査を行うこととしていること、<3>発掘調査を行う場合は原告から被告事業団に委託してほしいこと、<4>発掘調査費用は通常事業者に経費を負担してもらっているので、本件の場合も原告において発掘調査費用を負担してほしいことなどを説明して、協力を求め、阿部は、これを了解した。

(七) 原告は、平成二年二月二〇日、文化財保護法五七条の二第一項の規定に基づく文化庁長官あての届出を市教育委員会に提出し、県教育委員会は、同年一一月一日、原告に対し、「文化庁の指導により発掘調査を行うこととされておりますので、工事着手前に発掘調査を実施してください。」とする旨の指導通知を行った。

(八) 阿部は、平成二年三月三〇日、市教育委員会を訪れ、大和田に対し、原告が開発許可申請をするのに必要な書類であるとして、同日付けの「埋蔵文化財発掘についての事前協議願出書」を差し出し、これに対する市教育委員会の回答を求めた。

これに対し、市教育委員会は、平成二年四月二日、「開発に伴う埋蔵文化財発掘調査の協議について」と題する文書を交付した。

(九) 平成二年七月、被告事業団は、原告に対し、発掘調査の見積書を提出したが、原告から自ら提供することができる現場事務所、測量撮影機器、搬送用自動車などの経費を見積りから差し引いてほしい旨要請し、被告事業団がこれを受け入れたため、原告は右差引後の見積額で委託契約を締結することを了解した。

そこで、原告と被告事業団は、平成二年一〇月に、同年九月一七日付けで、左記約定で、第一次発掘委託契約を締結した。

調査面積 試掘調査分 四九六四平方メートル

本調査分 八〇〇〇平方メートル

調査期間 平成二年九月一七日から平成四年三月三一日まで

委託料  六二三四万五九〇〇円

なお、右契約に基づく調査のうち、試掘調査(第二次試掘調査)は、実際には、右契約締結に先立つ平成二年九月一七日から行われていた。

この試掘調査(第二次試掘調査)の結果、新たに六万八一〇〇平方メートルの遺跡が確認され、この時点で、第一次試掘調査による分と合わせて、本件土地内に含まれる遺跡の総面積は一二万三四〇〇平方メートルであることが確認された。右調査結果は、市教育委員会から原告に報告書をもって報告された。

被告事業団は、右契約に基づく本調査(第一次本調査)を実施してみると、契約上予定されていた八〇〇〇平方メートルの調査が平成三年八月までに完了する見通しが立ったため、そのころ、阿部に対し、この調査期間短縮に伴う契約金額の縮減分を返還したい旨申し入れたところ、阿部からできるだけ調査を続けてほしいとの要望が出されたため、被告事業団ではその後も調査を継続することとして、平成三年一二月までに一万三五〇〇平方メートルの調査を完了するに至った。

(一〇) 平成三年一〇月二二日、原告代表者と阿部が市教育委員会を訪れ、発掘調査の迅速化の話をした際、原告代表者が被告事業団以外の他の調査機関は使えないのかと質問した。これに対し、市教育委員会の大和田は、具体的な調査機関があれば被告県に聞いてみる旨答えた。

平成三年一二月二五日、原告の阿部が市教育委員会を訪れ、大和田に対し、山武考古学研究所に本件発掘調査を委託したい旨相談した。

これに対し、市教育委員会は、県教育委員会と相談し、同教育委員会から、山武考古学研究所が直接行うのではなく、同研究所の職員を被告事業団の調査組織に組み込む形で調査を行うのであれば差し支えない旨の指導を受けたが、山武考古学研究所は被告事業団の組織に加わらず、独自に調査したいという意向を有していたため、市教育委員会は、結局、山武考古学研究所を導入することは不可能であると判断した。

そこで、市教育委員会の大和田は、平成四年一月ころ、原告の阿部に対し、山武考古学研究所を導入することは難しいこと、その代わり調査員を増員して調査をすることを伝えたところ、阿部は、山武考古学研究所と同じ人数がそろうなら構わない旨述べて、これを了承した。

このように被告事業団の調査員を増員して対応することになったことを受けて、市教育委員会は、山武考古学研究所を導入する代わりの事業計画を立て、平成四年に二万平方メートル(調査員三名配置)、平成五年に四万五〇〇〇平方メートル(調査員六名配置)、平成六年に四万平方メートル(調査員六名配置)の調査を行う発掘調査計画書を作成して、平成四年三月一日、原告代表者と阿部にこれを交付して、その了解を得た。

(一一) 原告は、平成四年三月九日、被告市市長に対し、新要綱に基づく大規模開発事前審査願を提出した。

これに対し、被告県知事は、平成四年四月一〇日、郡山建設事務所長名で原告に対し「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を行った。

(一二) 原告は、平成四年六月三日、被告事業団との間で、同年四月二〇日付けで、左記約定で、本件遺跡について発掘調査委託契約(第二次発掘委託契約)を締結した。

調査面積 二万平方メートル

調査期間 平成四年四月二二日から平成五年三月三一日まで

委託料  一億一九〇九万八九〇〇円

なお、右契約締結に先立ち、被告事業団は、原告に対し見積書を提出し、これに対し、原告が表土除去用の重機は原告が用意するのでその経費を差し引いてほしい旨要望し、被告事業団ではこれを受け入れた。また、原告が契約書に「乙(事業団)及び丙(郡山市教育委員会)は、甲(都市工学研究所)の事業(平和の杜ニュータウン開発)が遅延することなく、全工程が短縮できるよう、十分な配慮をもって臨み、時節柄本件事業の一日も早い完了に協力を惜しまない」という条項を入れるよう要求し、被告事業団はこれを受け入れた。

このような経緯を経て第二次発掘委託契約は締結されたが、被告事業団は、右契約締結に先立ち、平成四年四月二二日から発掘調査に着手していた。これは、原告が早い調査の完了を望み、被告事業団も二万平方メートルの調査を迅速に行うためには早々に着手する方がよいと考えて、両者の意向が合致したためである。

しかし、実際に調査を開始したところ、当初予想したよりも遺構・遺物の出土が多いため発掘調査に時間がかかり、契約期間内に調査を完了する見込みがなくなったことから、被告事業団は、市教育委員会を交えて原告と協議し、原告と被告事業団とは、平成五年一月一四日、第二次発掘委託契約の調査面積を一万八〇〇〇平方メートルに縮小し、委託金額を一億〇七〇八万二九二〇円に減額する旨合意した。

(一三) 前記のとおり、原告は、平成四年三月九日に大規模開発事前審査願を提出し、これに対し、同年四月一〇日に郡山建設事務所長名で支障がない旨の回答を得ていたが、その後、開発区域の減少に伴い実施設計が変更されたため、原告は、平成五年三月九日、被告市市長に対し「大規模開発事前審査願(変更)」を提出し、これに対し、被告県知事は、再度事前審査を行い、同月一七日、郡山建設事務所長名で原告に対し「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を行った。

そこで、原告は、右同日、被告県知事に対し、本件事業についての都市計画法二九条による開発許可申請を行い、同月二九日、開発許可を受けた。

(一四) 平成五年四月一三日、原告代表者及び阿部が市教育委員会を訪れ、藤木課長の後任者である馬島遵文化課長(以下「馬島課長」という。)及び大和田に対し、原告が被告県知事から開発許可を受けたこと、開発工事に先立ち防災のために、土砂流出防止のための土堰堤を東西に一本ずつと雨水流出防止のために開発区域の周囲に土塁を築きたいという話をした。

これに対し、馬島課長は、防災工事の実施範囲はまだ文化財の発掘調査が終了していない旨を説明し、防災工事に関しては後日再協議することになった。

(一五) 市教育委員会及び被告事業団では、第二次本調査は平成五年二月三日に終了したが、右調査で完了することができなかった箇所と平成五年度予定の発掘調査を継続して行う必要があるので、同年四月二七日、原告に対し、左記内容の平成五年度予定の発掘調査の見積書を提出した。

調査面積  四万〇七〇〇平方メートル

調査期間  平成五年四月から平成六年三月三一日まで

経費見積額 二億九一九六万三八〇〇円

そして、以後、市教育委員会、被告事業団及び原告との間で、発掘調査面積、委託料の支払方法、連帯保証人を立てるか否か等について協議がされた。

(一六) その一方で、市教育委員会、被告事業団及び原告との間で、原告の希望する防災工事の実施方法についても協議が進められ、原告の石川義美経理部長などから、市教育委員会に対し、防災工事部分の埋蔵文化財については調査しないで工事を進めてはいけないのか、調査期間を短縮できないかなどの話があり、平成五年六月四日には、原告から市教育委員会に対し、防災工事を優先的に実施させてほしいこと、防災工事終了後文化財発掘をいち早く行うこと、発掘調査は平成五年度末までに終了することを内容とする「埋蔵文化財発掘調査に関わる協議について」と題する書面が届けられた。

これに対し、市教育委員会は、被告事業団と協議の上、平成五年六月一〇日、原告に対し、防災工事は必要であるが、施行箇所によっては遺跡が破壊される可能性があるので、市教育委員会の立会いを求めてほしいこと、文化財発掘をいち早く行うことについては、早急に発掘調査委託契約を締結し、防災工事と平行して発掘調査を行うこととしたいこと、発掘調査を平成五年度末までに終了することについては、発掘調査は平成四年三月一日に市教育委員会が原告へ手渡した発掘調査計画書に基づき進めることとしているが、調査期間の短縮に向けてさらに全力を挙げて努力することを内容とする回答を行った。

(一七) 平成五年六月一一日、原告代表者と阿部が市教育委員会を訪れ、市教育委員会及び被告事業団に対し、本件開発事業と発掘調査に関して、原告と市教育委員会との間で協定を結びたいと申し入れ、<1>発掘調査委託契約を締結し、まず、被告市側は年来調査半途となっている箇所を優先して調査を完了すること、<2>本件土地内の立木伐採が完了しており、今後の長雨等により災害が発生するおそれがあるので、原告は工事業者をして至急に防災工事を行うこと、その際、遺跡が破壊されないよう、工事業者は十分留意の上施工すること(必要に応じ市教育委員会の立会いを求めることができる。)、<3>全体の発掘調査の完了期限を原則として平成五年度までとすること、ただし、期限の履行及び短縮について、互いに協力を惜しまず、文化財保護法の目的を十分に達することを約束することなどを内容とする協定初案を提示した。

これに対し、市教育委員会及び被告事業団では、その内容について協議した結果、右<3>の調査完了期限については了解できないが、その余については承諾することとした。

(一八) 平成五年六月一四日、原告代表者と阿部が市教育委員会を訪れ、県教育委員会から「防災工事を急ぐのであれば、未調査の遺跡地には盛土をして防災用の堰堤を造り、梅雨期を過ごし、秋の渇水期に盛土を除去して調査するよう、市教育委員会と協議せよ。」との指導を受けたので、その方法で防災工事を進めたいとの申入れをした。

この調査方法は、市教育委員会や被告事業団でも検討したことがあり、その結果によれば、底辺の幅二〇メートル、高さ一〇メートル、延長三〇メートルにも及ぶ防災堰堤を築いてしまえば、堰堤の土量が多いので、その重量で地下の遺構・遺物は損壊してしまうこと、いったん盛土をしておいて後日これを除去して調査を行うことは実際上極めて困難であることから、市教育委員会及び被告事業団としては、防災工事前に調査しておく必要があるとの結論に達していた。

しかし、原告の早期着工の要求が強いため、市教育委員会及び被告事業団では、原告と発掘調査を締結する以前であっても、防災工事の行われる場所の調査を行うこととし、被告事業団は、平成五年六月一五日から防災工事の行われる場所の調査を開始し、同年七月中ころに終了した。また、防災工事もこの直後に沈砂池の完成を残してほぼ完成した。

(一九) 前記のとおり、原告は、本件開発事業に伴う発掘調査について協定の締結を申し入れていたが、市教育委員会、被告事業団及び原告が協議をした結果、平成五年六月三〇日に同月一八日付けで左記内容の協定が締結された。

調査面積  概ね八万平方メートル

調査期間  平成五年七月一日から平成六年五月三一日までとする。ただし、やむを得ない事情が生じた場合は、協議の上これを延長又は短縮することができる。

調査報告書 別途協議する。

(二〇) 右協定の締結を受け、市教育委員会、被告事業団及び原告は、第三次の発掘調査に関する契約についての協議を再開し、調査面積、経費の削減、委託料の支払方法等を協議した上、平成五年八月一九日、原告と被告事業団は、左記約定で、本件遺跡について発掘調査委託契約(第三次発掘委託契約)を締結した。

調査面積 約八万平方メートル

調査期間 平成五年八月一九日から平成六年五月三一日まで

委託料  二億七一一九万九〇〇〇円

委託料の支払方法 平成五年 八月三一日 一五〇〇万円

九月三〇日 一五〇〇万円

一〇月三一日 一五〇〇万円

一一月三〇日 二〇〇〇万円

一二月三一日 二〇〇〇万円

平成六年 一月三一日 二〇〇〇万円

二月二八日 二五〇〇万円

三月三一日 二五〇〇万円

四月三〇日 二五〇〇万円

五月三一日 九一一九万九〇〇〇円

遅延損害金 年八・二五パーセント

なお、原告は、被告事集団に対し、右委託料の内金一億七六一九万九〇〇〇円を支払ったが、次の金員が未払となっている。

平成五年九月三〇日支払分の残金 一〇〇〇万円

同年一〇月三一日支払分     一五〇〇万円

同年一一月三〇日支払分     二〇〇〇万円

同年一二月三一日支払分     二〇〇〇万円

平成六年二月二八日支払分の残金  五〇〇万円

同年三月三一日支払分      二五〇〇万円

合計              九五〇〇万円

(二一) 原告は、平成六年二月ころから、発掘調査やその経費負担についての不満を市教育委員会等に対して強く申し述べ、発掘調査の中止、委託料の支払拒否を主張するようになったため、被告事業団は、同年四月七日から発掘調査を中断した。

その後、本件開発工事は完了した。

二  争点1について

1  発掘調査費用等の負担の強制を理由とする損害賠償請求

(一)(1)  原告は、市教育委員会の大和田が、原告の阿部に対し、平成元年二月ころ及び平成二年一月に、文化財保護法が定める原因者負担の原則に基づいて原告が自らの費用負担で本件土地の埋蔵文化財の試掘調査又は発掘調査を行わなければならない旨述べた旨主張し、甲一七(阿部の陳述書)には右主張に沿う供述部分が存在する。

しかしながら、阿部は、その証人尋問において、大和田が阿部に対し、原告の発掘調査費用等の負担が法律上又は文化財保護法上の義務であるとの発言をした事実がない旨供述しているのであり、甲一七中の右供述部分はたやすく信用することができず、他に原告の右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

(2)  また、原告は、仮に大和田が発掘調査費用等の負担が法律上又は文化財保護法上の義務である旨の発言をしていなかったとしても、大和田は、原告に右費用の負担義務がないにもかかわらず、原告代表者及び阿部の無知に乗じて右費用の負担を原告の義務であると思わせるため、「費用は事業者に負担してもらうことになっています。事業団と調査委託契約を締結して下さい。」と申し向け、原告代表者及び阿部をして原告の費用の負担及び被告事業団への委託が法的義務であるとの錯誤に陥らせ、被告事業団との間で本件各契約を締結させることによって、もともと負担義務のない発掘調査費用等を支払わせたものである旨主張するので、この点について検討する。

ア まず、本件試掘委託契約の締結についてであるが、前記認定のとおり、被告市においては、試掘調査は通常民間業者による開発事業の場合を含め公費負担で実施してきたが、阿部が市教育委員会に対し試掘調査を実施してほしい旨申し入れたのが平成元年二月ころであり、この時期がちょうど年度末に当たっており、短期間のうちに試掘調査のための予算措置を採ることが困難であったため、市教育委員会の大和田は、阿部に対し、年度末で予算がないので今すぐ試掘調査を実施することはできないが、その費用を原告が負担して被告事業団と直接契約をするのであれば年度末でも試掘調査は可能である旨伝え、阿部も原告が試掘調査の早期実施を希望していたため、これを了解したものである。

したがって、阿部としては、試掘調査を急がなければ公費負担で調査することが可能であることは当然に理解することができたはずであり、それにもかかわらず、公費負担による試掘調査を待たずに原告の費用の負担において試掘調査を実施したのは、早急に調査を実施したいとする原告の要望があったのが理由であり、大和田が阿部をして原告の費用の負担及び被告事業団への委託が法的義務であるとの錯誤に陥らせたということはできない。

イ 次に、本件各発掘委託契約についてであるが、前記認定のとおり、平成二年一月ころ、大和田は、阿部に対し、<1>開発事業を行うためには、文化財保護法五七条の二の規定に基づく届出が必要であること、<2>開発事業によって遺跡を破壊する場合には、通常遺跡の記録保存のために発掘調査を行うこととしていること、<3>発掘調査を行う場合は原告から被告事業団に委託してほしいこと、<4>発掘調査費用は通常事業者に経費を負担してもらっているので、本件の場合も原告において発掘調査費用を負担してほしいことなどを説明して、発掘費用の負担について協力を求め、阿部もこれを了解したものである。

また、原告が被告事業団との間で本件各発掘委託契約を締結するに当たっては、前記認定のとおり、原告側から経費の積算や発掘調査の実行に関して様々な意見が出され、市教育委員会や被告事業団は、これを踏まえ、調整・協議を行いつつ、逐次内容を修正して、順次契約を締結したものであり、その契約条項の中には三か月前の通知によって契約を解除することができる旨の解約条項が盛り込まれている(乙九、一一。なお、原告代表者も右契約書の内容を十分検討した上で契約を締結している(証人竹内陽一)。)のであるから、本件各発掘委託契約は、委託者である原告の意向を尊重する形で受託者である被告事業団又は仲介の市教育委員会と交渉をしながら順次締結に至ったものであり、原告代表者又は阿部が原告の費用の負担において被告事業団との間で本件各発掘委託契約を締結することが法的義務であるとの錯誤に陥っていたと認めることはできない。

(3)  さらに、原告は、仮に原告が発掘調査費用等を負担すべき法律上の義務がないことを認識していたとしても、原告が費用の負担を拒絶すれば、被告県及び被告市から開発許可を拒否される等の不利益な扱いを受け、本件事業の遂行が不可能になるか、又は長期間遅延するおそれがあったのであるから、市教育委員会のした前記の指導は、原告に対し、発掘調査費用等の負担を事実上強制したものである旨主張するが、そもそも埋蔵文化財の発掘調査と都市計画法上の開発許可手続とは制度上関係がなく、右の発掘調査が行われていないからといって開発許可が得られないものではなく(実際、本件でも、原告が開発許可申請をした平成五年三月一七日の時点では、遺跡の発掘調査は一二万三四〇〇平方メートルの遺跡のうち第一次本調査の一万三五〇〇平方メートル及び第二次本調査の一万八〇〇〇平方メートルが終了しただけであったが、右申請の一二日後である同月二九日に開発許可を得ている。)、その他原告が費用の負担を拒絶した場合に被告市などから不利益な扱いを受けるおそれがあったことを窺わせる証拠はない。したがって、原告の右主張は、これを認めるに足りる証拠はない。

(二)(1)  また、原告は、<1>平成元年二月ころ被告事集団の高田が阿部に対し「遺跡調査が終了するまで、開発許可申請をしても無駄だ。」と述べ、<2>同年一一月ころ市教育委員会の藤木課長及び大和田が原告代表者に対し同趣旨のことを述べ、さらに、<3>平成二年一月に大和田が阿部に対し「発掘調査が終了しなければ開発許可は取得できない。」と述べた旨主張する。

(2)  しかしながら、<1>の発言についてみると、証拠(丙四五)によれば、被告事業団の高田は、平成元年二月当時、本件遺跡と関係のない他の遺跡の整理作業や報告書作成に従事しており、本件遺跡には関与していなかったことが認められるから、高田が<1>の発言をしたことは認められない。

<2>の発言についてみると、原告代表者は、その証人尋問において、市教育委員会の課長と大和田から埋蔵文化財の調査を経ないで開発することはできないという趣旨の発言をされた旨供述するが、その発言があった時期について、「平成三年前後」、「昭和六一年ころから」又は「昭和六二年ころ」などとあいまいで不明確な供述をし、しかも、右発言をした市教育委員会の課長が藤木課長であるか、又はその後任者であるかも供述上明らかではない。少なくとも、原告代表者の尋問において、「平成元年一一月ころ」に「藤木課長」と大和田が遺跡調査が終了するまで開発許可申請をしても無駄である旨述べたことを指摘する供述はなく、他に<2>の発言があったことを認めるに足りる証拠はない。

<3>の発言についてみると、甲一七(阿部の陳述書)中にこれに沿う供述部分が存在するが、他方において、阿部は、その証人尋問において、平成二年一月に大和田が阿部に対し「発掘調査が終了しなければ開発許可は取得できない。」と述べた事実はなく、阿部自身がただ発掘調査が終了しなければ開発許可が取得できないと思っただけであると供述して、右供述部分を自ら否定しているところであり、他に<3>の発言があったことを認めるに足りる証拠はない。

(3)  むしろ、原告が<1>の発言があったと主張する平成元年二月以降の開発許可申請に関連する状況をみると、前記認定のとおり、原告は、住宅生協が被告県知事に対し大規模宅地開発事前協議申請者変更の手続をとった同年一〇月三〇日に開発の基本計画等に変更がないので新要綱による基本計画の審査を不要とする取扱いを求める旨の「市街化調整区域における大規模開発基本計画審査不要願」を被告市市長あてに提出して、同年一一月二四日に被告県知事から新要綱による基本計画の審査を了したものとみなし、新たな基本計画の審査を必要としない旨の通知を受け、平成二年三月三〇日、市教育委員会に対し、原告が開発許可申請をするのに必要な書類であるとして原告作成の「埋蔵文化財発掘についての事前協議願出書」に対する回答を求め、同年四月二日に市教育委員会から「開発に伴う埋蔵文化財発掘調査の協議について」と題する文書の交付を受け、平成四年三月九日に被告市市長に対し新要綱に基づく大規模開発事前審査願を提出して、同年四月一〇日に被告県知事から「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を得、その後、開発区域の減少に伴い実施設計が変更されたため、平成五年三月九日に被告市市長に対し「大規模開発事前審査願(変更)」を」提出し、同月一七日に被告県知事から「このことについては、支障ありませんので、都市計画法第二九条の規定に基づき許可申請手続きを進めて下さい。」との回答を得、右同日、本件土地内に遺跡の未調査部分があったにもかかわらず、都市計画法二九条による開発許可申請を行い、同月二九日に開発許可を得ている。また、証拠(証人田村一次)によれば、原告は、平成五年五月八日に起工式を行い、被告事業団が調査を完了して原告に引き渡した箇所の工事も一部着手したことが認められる。

このように、原告は、本件遺跡の試掘調査及び発掘調査と並行する形で都市計画法二九条の開発許可申請の準備手続を進め、本件土地内に遺跡の未調査部分があったにもかかわらず、開発許可申請を行うとともに、一部工事を行っており、他方、市教育委員会も第一次試掘調査が終了しただけの平成二年四月二日の時点で原告の開発許可申請のために「開発に伴う埋蔵文化財発掘調査の協議について」と題する文書を原告に交付しているのであるから、市教育委員会や被告事業団の担当者が「遺跡調査が終了するまで、開発許可申請をしても無駄だ。」あるいは「発掘調査が終了しなければ開発許可は取得できない。」などと述べたと認めることはできない。

なお、原告は、平成五年三月一七日に開発許可申請をした理由について、<1>市教育委員会は、原告の再三の要望にもかかわらず、それまで長期間にわたり開発許可申請をすることを認めなかったが、ようやく了解したので、右同日に開発許可申請をした、又は、<2>原告は発掘調査が終了しない間は開発許可をとっても無意味であるから長期間にわたり開発許可申請を見合わせ、発掘調査終了時に取得することができるようにタイミングを合わせて右同日に開発許可申請をしたと矛盾する主張をしているが、次のとおり、右主張はいずれも採用することができない。

まず、<1>の主張であるが、仮に市教育委員会において開発許可申請と本件発掘調査の終了を関連付けて原告を指導するという意図があったとすれば、平成五年三月は、第二次本調査が終了しただけの段階であり、その後の第三次本調査として行われることとなる地域が発掘調査未了のまま残っていたのであるから、市教育委員会がこの時点で原告の開発許可申請を了解するとは考えられない。実際、阿部は、その証人尋問において、原告が開発許可申請をしたのは市教育委員会が了解したからではない旨供述して、原告の右主張を自ら否定しているところであるから、右主張は採用することができない。

次に、<2>の主張であるが、右主張は阿部の証人尋問後に初めて出された主張であって、従前の主張である<1>の主張とも矛盾している上、平成五年三月一七日の時点では、既に開発許可申請のために旧要綱及び新要綱に基づく本申請前の手続を終了させており、本申請を残すのみの状態であったから、本申請後開発許可が得られるまでにさほどの時間を要するとは考え難い状況にあり(実際、原告は、本申請の一二日後に開発許可を得ている。)、他方、遺跡の発掘調査は一二万三四〇〇平方メートルの遺跡のうち第一次本調査の一万三五〇〇平方メートル及び第二次本調査の一万八〇〇〇平方メートルが終了しただけであり、原告関係者は、平成四年三月一日に市教育委員会から受領した発掘調査計画書(丙二四)によって本件遺跡の発掘調査が平成六年度までかかる予定であることを認識していたのであるから、原告が発掘調査終了時に取得することができるようにタイミングを合わせて開発許可申請をしたとは到底考えられない。したがって、右主張もまた採用することができない。

むしろ、阿部の供述によれば、原告の開発許可申請が当初の予定よりも遅れたものであったとしても、それは、埋蔵文化財の調査とは関係なく、本件土地にかかる都市計画法、農地法、森林法等の開発許可に必要な各種手続や所有権等の権原の取得に手間取ったことに原因があることが窺われるのである。

したがって、以上からすれば、市教育委員会や被告事業団の担当者が原告代表者又は阿部に対し「遺跡調査が終了するまで、開発許可申請をしても無駄だ。」あるいは「発掘調査が終了しなければ開発許可は取得できない。」などと述べたと認めることはできない。

(4)  なお、時期は必ずしも明らかではないが、大和田は、その証人尋問において、同人が、原告関係者に対し、調査が終了しないところで工事が実施されると遺跡が破壊されるので、工事をする前に発掘調査をして記録保存してほしいと発言した旨供述するが、右発言は工事実施前に発掘調査することについて任意の協力を求めたものにすぎず、工事を開始しないよう強要したものということはできない。

(三) また、原告は、平成元年二月ころ被告事業団の高田が阿部に対し発掘調査をせずに工事をすれば刑罰に処せられると述べた旨主張し、阿部は、その証人尋問において、これに沿う供述をする。

しかしながら、前記認定判示のとおり、被告事業団の高田は、平成元年二月当時、本件遺跡には関与していなかったのであるから、高田が右発言をしたことは認められない。

なお、原告代表者も市教育委員会の大和田から発掘調査をせずに工事をすれば刑罰に処せられると告げられた旨供述するが、右の趣旨を告げられた時期が明らかでなく、右供述はにわかに信用することはできない。

(四) したがって、市教育委員会及び被告事業団の担当者が原告に対し発掘調査の実施及びその費用の負担を強要したと認めることはできないから、これを理由とする原告の損害賠償請求は理由がない。

(五) 争点1についての判断は、以上のとおりであるが、市教育委員会及び被告事業団の担当者が原告に対し発掘調査の実施及びその費用の負担を慫慂する行政指導をし、その結果、原告と被告事業団が本件各契約を締結するに至ったことは前記認定のとおりであるので、進んで、このような行政指導の当否について判断する。

埋蔵文化財は、我が国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできない貴重な国民的財産であり、これを公共のために適切に保存すべきものであることはいうまでもないところであり、このような見地から、埋蔵文化財包蔵地の利用が一定の制約を受けることは、公共の福祉による制約として埋蔵文化財包蔵地に内在するものというべきである。文化財保護法は、埋蔵文化財包蔵地が内在する右のような公共的制約にかんがみ、土木工事の目的で周知の埋蔵文化財包蔵地を発掘しようとする場合には発掘の届出をしなければならないこととするとともに、埋蔵文化財の保護上特に必要がある場合には、届出に係る発掘に関し必要な事項を指示することができることを規定している(同法五七条の二)。右の指示は、埋蔵文化財包蔵地の発掘を許容することを前提とした上で、土木工事等により埋蔵文化財が破壊、散逸するのを未然に防止するなど埋蔵文化財の保護上必要な措置を講ずるため、発掘しようとする者(以下「発掘者」という。)に対して一定の事項を指示するものであるところ、土木工事等により埋蔵文化財が破壊される場合には、その保存に代わる次善の策として、その記録を保存するために発掘調査を指示することとなり、この指示は埋蔵文化財保護の見地からみて適切な措置ということができる。したがって、右のような発掘調査の指示がされることによって、発掘者が発掘調査の費用の負担等の経済的負担を負う結果になるとしても、それが文化財保護法の趣旨目的を逸脱した不当に過大なものでない以上、原因者である発掘者において受忍すべきものというべきである。

そして、原告が日本各地で大規模宅地開発を行っている会社であることは前記認定のとおりであること、本件事業の対象面積は、計画の進展に応じて変動したが、約二二万平方メートルないし約二五万平方メートルの規模であったこと(丙六の1、七、一八の1、二〇の1、二二の1、二三)、本件土地の売出価格は、六五億四四六五万七〇〇〇円であること(弁論の全趣旨)、本件調査の費用は、合計で約四億四〇〇〇万円であること、原告は、本件土地の発掘調査をすることを了解し、任意に被告事業団と本件各契約を締結したものであることなど諸般の事情を考慮すると、原告が本件遺跡の発掘調査において負う経済的負担が文化財保護法の趣旨を逸脱した不当に過大なものであるということはできない。

したがって、市教育委員会のした本件調査に関する行政指導又は措置は違法なものとはいえない。

2  民間調査機関への委託の拒否を理由とする損害賠償請求

(一) 原告は、被告事業団による第一次本調査が遅々として進まなかったため、調査期間を短縮し、それによって経費の大幅な節減を図ろうと考え、市教育委員会に対し、山武考古学研究所に本件土地の発掘調査を委託したい旨申し出たが、県教育委員会及び市教育委員会は、合理的な理由もなくこれを拒否し、原告に右節減分の損害を与えたものであるから、県教育委員会及び市教育委員会の右行為は不法行為を構成する旨主張する。

(二) 埋蔵文化財の記録を保存するための発掘調査の指示は、埋蔵文化財保護の見地から文化財保護行政の一環として行われるものであるから、右の発掘調査を実施するに当たっては、当該地方公共団体が行政上の責任を持つことができるような体制を取ることが望ましいこと、本件調査の後に発せられたものではあるが、平成八年一〇月一日付け文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(庁保記第七五号)及び平成一〇年九月二九日付け文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(庁保記第七五号)において、民間の発掘調査機関を発掘調査へ導入する場合は、発掘調査を実施する地方公共団体等の発掘調査体制に組み込む形態で行うものとし、発掘調査機関の選択、発掘調査の実施の管理等は、当該地方公共団体が責任をもって行うことと通知していること(丙四六、四七)、山武考古学研究所は被告事業団と地区割りをして発掘調査をすることを希望していた(証人阿部幸雄)が、そのような形で発掘調査をする場合、既に調査が実施された区域との調査の一貫性を保つことが困難になることが予想されることにかんがみると、市教育委員会が被告事業団とは別個に調査したいという意向を持つ山武考古学研究所を本件調査に導入することは不可能であると考えたことに合理性がないとはいえない。

(三) また、前記認定のとおり、市教育委員会は、山武考古学研究所を本件調査に導入することは不可能であると判断し、阿部に対し、その旨を伝えるとともに、その代替措置として調査員を増員して調査することを伝えたところ、阿部は、山武考古学研究所と同じ人数がそろうなら構わない旨述べてこれを了承し、このように被告事業団の調査員を増員して対応することになったことを受けて、市教育委員会は、山武考古学研究所を導入する代わりの事業計画を立て、平成四年に二万平方メートル(調査員三名配置)、平成五年に四万五〇〇〇平方メートル(調査員六名配置)、平成六年に四万平方メートル(調査員六名配置)の調査を行う発掘調査計画書を作成して、平成四年三月一日、原告代表者と阿部にこれを交付してその了解を得ている。したがって、原告は、市教育委員会が山武考古学研究所を本件調査に導入することができないと判断し、これに代わる代替措置を採ったことを了承しているのであるから、山武考古学研究所を本件調査に導入しなかったことは不法行為を構成すると認められない。

(四) したがって、いずれにしても、原告の民間調査機関への委託の拒否を理由とする損害賠償請求は理由がない。

3  盛土方式の採用の拒否を理由とする損害賠償請求

(一) 原告は、本件の発掘面積一二万三〇〇〇平方メートルのうち三万〇八八九平方メートル(約四分の一)については盛土方式を採ることが可能であり、その分の発掘調査は本来不要であったが、原告が当初から盛土方式の採用を強く希望していたにもかかわらず、市教育委員会は、合理的な理由もなくこれを拒否し、原告に盛土方式の採用による経費節減分の損害を与えたものであるから、市教育委員会の右行為は不法行為を構成する旨主張する。

(二) 証拠(甲二三の2、丙二、四六)によれば、本件調査時の埋蔵文化財に関する行政上の指針である昭和六〇年一二月二〇日付け文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化について」(庁保記第一〇二号。以下「六〇年通知」という。)においては、原則として、<1>工事による掘削が埋蔵文化財に及ぶ場合、<2>恒久的な建築物、道路その他の工作物を設置する場合及び<3>その他盛土、一時的な工作物の設置等で、それが埋蔵文化財に影響を及ぼすおそれのある場合は、埋蔵文化財の発掘調査が必要である旨通知している(なお、その後の平成五年一一月一九日付け文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化について」(庁保記第七五号)及び平成八年一〇月一日付け文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化について」(庁保記第七五号)も同内容である。)ことが認められるところ、本件事業のように宅地造成により地形を恒久的に改変し、その後新たに住宅街を築くことは、右<2>の場合に該当するから、六〇年通知によれば、原則として埋蔵文化財の発掘調査を要することになるが、本件調査において右の取扱いをすることが不合理であると認めるべき事情はないこと、実際上、住宅団地等を建設する場合には、公園・周辺緑地や簡易舗装の駐車場予定地などでのみ盛土方式を採用されることが通常であること(丙四八)等を考慮すると、市教育委員会が本件調査において盛土方式を採用しなかったことにおよそ合理性がないとはいえない。

(三) したがって、原告の盛土方式の採用の拒否を理由とする損害賠償請求は理由がない。

4  以上によれば、被告市及び被告事業団の担当者が原告に対し違法な職務行為をした事実は認められないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告市及び被告事業団に対する損害賠償請求はもとより、右事実を前提とする被告国及び被告県に対する損害賠償請求も、いずれも理由がない。

三  争点2について

1  原告は、市教育委員会及び被告事業団の担当者が、原告に対し、法令上そのような義務や罰則が存しないにもかかわらず、原告がその費用の負担において本件土地について試掘調査及び発掘調査を行うべき法律上の義務があり、本件土地全体について試掘調査及び発掘調査を終了しなければ、原告は本件土地の開発許可を申請してはならず、仮に申請したとしても許可は下りず、原告が開発許可を受けずに工事を行ったならば、刑罰に処せられ、又は中止命令が発せられる旨述べて、被告事業団との間で本件各契約を締結することを事実上強制したものであるから、右行為は、詐欺又は強迫に当たる旨主張するが、前記認定判示のとおり、右のような事実は認められない。

2  また、原告は、仮に市教育委員会及び被告事業団の担当者が積極的に原告を欺罔する行動をとらなかったとしても、説明すべき事項を説明せず、原告代表者らが錯誤に陥っていることを知りながら放置し、原告にとって一方的に不利な契約を締結することは、消極的な詐欺に当たる旨主張するが、本件全証拠によるも、市教育委員会及び被告事業団の担当者が原告代表者らが錯誤に陥っていることを知りながらこれを放置したことを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告市及び被告事業団に対する不当利得返還請求はいずれも理由がない。

なお、原告が本件各契約に基づき委託料を支払った相手方は被告事業団であり、被告市ではなく、被告市は右委託料について何ら利得していないから、被告市に対する不当利得返還請求は、この点からも理由がない。

四  争点3について

原告は、被告市及び被告事業団に対し、第三次発掘委託契約に基づく未払委託料九五〇〇万円の支払債務が存在しないことを確認することを求めるが、被告市が右の第三次発掘委託契約の当事者であることを認めるに足りる証拠はない。

これに対し、原告は、被告事業団は、被告市が全額出資して設立し、被告市の助役、教育長等が理事をそれぞれ兼務している被告市の外郭団体であり、法人格の上では形式的に被告市と別個の法人格とされるものの、実質的には同一性を有する団体であるから、第三次発掘委託契約を含む本件各契約の受託者は実質的には被告市である旨主張するが、被告市と被告事業団とが出資及び人的関係において密接であるからといって同一の法人格を有すると認めることはできず、別個の法人格であるといわざるを得ず、また、前記認定によれば、原告との間で第三次発掘委託契約を締結し、右契約に基づく委託料債権を有しているのは被告事集団であることが明らかであり、被告市であるということはできない。

したがって、原告の右債務不存在確認の訴えは、被告市との関係では、債権債務関係のない第三者に対して債務の不存在の確認を求めるものであり、しかも、これを確認することによって原告の法律上の地位の安定が得られるものでもないから、原告の被告市に対する債務不存在確認の訴えは、確認の利益がなく不適法である。

五  争点4について

1  原告と被告事業団が前記の約定で第三次発掘委託契約を締結したこと、原告が右契約に基づく委託料のうち平成五年九月三〇日支払分の残金一〇〇〇万円、同年一〇月三一日支払分一五〇〇万円、同年一一月三〇日支払分二〇〇〇万円、同年一二月三一日支払分二〇〇〇万円、平成六年二月二八日支払分の残金五〇〇万円、同年三月三一日支払分二五〇〇万円、合計九五〇〇万円の支払をしていないことは、前記認定のとおりである。

2  これに対し、原告は、被告市及び被告事業団の担当者の詐欺又は強迫により第三次発掘委託契約を締結したものであり、右契約締結の意思表示を取り消したから、原告は右契約に基づく委託料残金の支払義務を負わない旨主張するが、前記認定判示のとおり、被告市及び被告事業団の担当者が原告に対し詐欺又は強迫をしたことを認めることはできないから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、原告が被告事業団に対し四億〇六四三万一八二〇円の損害賠償請求権を有しているところ、被告事業団の委託料残金の支払債権と原告の右損害賠償請求権を対当額で相殺したから、原告は第三次発掘委託契約に基づく委託料残金の支払義務を負わない旨主張するが、前記認定判示のとおり、原告が被告事業団に対し右損害賠償請求権を有していると認めることはできないから、原告の右主張も採用することができない。

3  よって、被告事業団の原告に対する委託料請求は、理由がある。そして、原告の被告事業団に対する第三次発掘委託契約に基づく未払委託料九五〇〇万円の支払債務の不存在確認の訴えと被告事業団の原告に対する右委託料請求とは表裏の関係にあり、右判示のとおり、後者の請求は理由があるから、前者の訴えは理由がないこととなる。

第四結論

よって、原告の被告らに対する請求(ただし、被告市に対する債務不存在確認の訴えを除く。)はいずれも理由がないからこれを棄却し、原告の被告市に対する債務不存在確認の訴えは不適法であるからこれを却下し、被告事業団の原告に対する請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉戒修一 裁判官 伊藤繁 裁判官 園部直子)

別紙<省略>

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